京都大学 生存圏研究所 准教授 杉山暁史先生、特任助教 中安大先生らのグループによりオーガニックnico圃場の土壌消毒実施~消毒後の土壌微生物叢の変化に関する重要な事実が明らかにされました。
実際に土壌採取に関わったnicoアグリサイエンスグループ 池田が研究内容について解説いたします。
本研究内容は2021年7月 自然科学雑誌『agronomy』に掲載されました。
Masaru Nakayasu, Kyoko Ikeda, Shinichi Yamazaki, Yuichi Aoki, Kazufumi
Yazaki, Haruhiko Washida, and Akifumi Sugiyama: Two Distinct Soil
Disinfestations Differently Modify the Bacterial Communities in a Tomato
Field. Agronomy 2021, 11(7), 1375; https://doi.org/10.3390/agronomy11071375
還元消毒と太陽熱消毒実施中および消毒後の土壌
有機栽培における土壌消毒では還元消毒と太陽熱消毒という2つの異なる方法が存在します。どちらも作の終了後に病原菌や害虫の駆除に効果の高い消毒方法として用いられます。
今回、有機栽培圃場でトマト栽培終了後に還元消毒と太陽熱消毒の2つの異なる方法で消毒した土壌に対し、土壌中の環境要素や微生物叢の変化、病原菌(フザリウム菌)抑制が評価されました。
6週間にわたり消毒実施中の土壌を採取し、土壌環境要素(水分率、電気伝導率、pH、還元電位)を調べたことで還元消毒(RSD)と太陽熱消毒(SS)ではそれぞれの要素に対し異なる影響があるとわかりました。(figure1)
異なる消毒方法により形成される土壌微生物叢に違いはあるのか?
また、消毒方法の違いと調査時期によって、あるいはpHや還元電位の違いによって微生物叢は分類学的にまた機能的に異なることが次世代シークエンサーを用いた解析により明らかにされました。(figure2)9の細菌分類群において特に顕著な違いがありました。3種類の細菌群は還元消毒の方が太陽熱消毒よりも豊富に存在し、別の6種類の細菌群は太陽熱消毒の方が還元消毒よりも豊富に存在しました。
更にPICRUSt2による予測メタゲノム解析によって445の微生物群による代謝経路が予測されました。
どちらの消毒方法も70%ほどが生合成経路に関わる微生物群であり、その他の機能を果たす微生物群の
割合もあまり違いません。(figure5,A)
しかし予測された微生物群をヒートマップに表すと、還元消毒で豊富な微生物群と太陽熱消毒で豊富な微生物群が全く異なることが明らかになりました。興味深いことに太陽熱消毒では“Siderophore Biosynthesis”(鉄キレート作用を有する物質を合成する経路)に関係した微生物群が消毒開始2週間後に豊富になっていることがわかりました。このことは太陽熱消毒が還元消毒よりも土壌の鉄キレート作用能力を有している可能性を暗に意味しています。(figure5,B)
消毒方法の違いによって病原菌の抑制や生育に差異は生じたか?
フザリウム病菌の抑制に関しては定量的PCRを実施し、生育および収穫量についても調査が行われました。先述の通り消毒方法の違いによって土壌微生物叢の構成は異なっていましたが、フザリウム菌の抑制(figure6)または生育および収穫量に差異はありませんでした。
病原菌の抑制には還元電位の低下のみが重要という訳ではない
還元消毒では複雑な化学的および生物学的メカニズムにより病原菌が抑制されることが過去の研究で明らかにされてきました。還元電位の低下によってのみフザリウム菌は抑制されるのではなく、低い還元電位下ではなくても一連の化学的および生物学的メカニズムがあればフザリウム菌を抑制できる可能性を今回の研究結果が示唆しています。
太陽熱消毒が秘めた可能性、鉄キレート作用を有する微生物群の存在
今回の研究で土壌中の鉄キレート作用に関与する微生物群が太陽熱消毒で豊富に誘導されることが明らかにされました。今回、トマトの初期生育では還元消毒と比較し優位な生育促進は確認できませんでしたがトマト作期全体を通して比較すれば差異は確認できたかも知れません。
これは解説者の推測ですが、鉄を必要とする他の作物栽培前の土作り、土壌消毒方法の選択に対し、重要なヒントとなる事実が今回の研究によって明らかにされたかも知れません。
以上が今回の研究の解説になります。
本研究はCREST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)/京都産業21企業の森の支援により実施されました。